I'm still looking for.

「考えたこと」を文字にしようとこころみるブログです/宝塚の話が多めです/でも興味はひろく/観た映画の話もしたいです/パンドラの箱はもうあけてあった

<映画>「アウトレイジビヨンド」を観に行く。(2012年10月)

殺伐とした弱肉強食の世界にあって他人を信頼することもできずに一度でも失敗すれば即是一生敗者裏切って裏切られて死ぬまで競争を続ける、 というような、 仕組みの中で、 われわれは皆、 両目に涙をためて必死に生きていますね?

 

2012年10月、アウトレイジを3日前に観てアウトレイジビヨンドを10時間前に観た。 殴ったり殴ったり騙したり裏切ったり殺したり殺したり殺したり裏切ったり殴ったり車を海に沈めたりする。 探偵ナイトスクープの局長が凄んだり、スーツのはるやまの店員さんが下剋上したりする。 いかにも恐ろしい。 何ともはや。 しかし、疑心暗鬼弱肉強食の競争社会であるのは自分たちの生きている世界もこのヤクザ・ファンタジーの世界も何ら変わらないのでは? こちらの世界では、殺伐とした孤独な競争に真っ先に蝕まれるのは個々の精神であるけれども、 アウトレイジシリーズでは個々の精神のありように光はあえて当てられない。 精神の蝕まれる様を描く前に、肉体的な死が裁きを下してしまうから、精神のありようはもはや問題にはならない。 そして殺伐とした世界がただ続いていく様だけがひたすら映し出される(とりあえず沢山人が死に登場人物の入れ替わりも起こるけれども世界の設定は維持される)。 世界の設定は一緒なのに、我々がこちら側で悩みの種とする精神世界の問題が浮上してこない点で、 アウトレイジシリーズは多くのひとを惹き付けているのではと感じた(アウトレイジビヨンドは北野武監督作品初の映画観客動員ランキング初登場第一位)。

自分たちが普段向き合わずにいられない厄介なものの存在自体がかき消された世界は娯楽として一級だろう。 世界に対する、自分や自分のまわりの関わり方とは異なる関わり方を映画が示しているのだと考えれば、自分の意に沿わない相手の答えに対して各ヤクザが一様に、正面きってキレるのも「おおっ斬新なアプローチ」。途端に面白くなる。 しかし世界中のひとは皆助け合って仲良くできるのだという教育を素直に受けて育ってきたわたしは、競争社会の入り口ののれんに絡まってまだもじもじしておりまして、映画の間ずっと心の中できたのっちに向かってはやくチャン会長のいうこと聞いて韓国行こう!と叫んでおりました。

孤独なスプートニクに時には小さな幸せを。この気持ちだけは本当に、そう思っている。